ちょっと覚えておきたいそんなこと。

Twitterじゃどんどん流れるし、Instagramほど映えるものでもないし、Facebookに投稿するには些細なこと過ぎるような行き場のないちょっと面白かったことを書きます。

本と感情と運命の話

 

 

おもしろい本を読んでいると、気持ちが高揚してくる。自分の知らない世界が一気に広がり、そしてあこがれを抱く。

 

とあるときは「ああ、やっぱり図書館司書になりたかったな」と思い、

またあるときは「ああ、編集者として生きたかったな」と思い、

またとあるときは「ああ、バスケじゃなくて短距離走やっておけばよかった」と思い、

そしてまたあるときは「ごはん屋さんをやりたいな」と思い、

 

そしていつも思う「ああ、こんな素直な女の子になりたい」。

 

理想と現実のギャップに苦しくなることもあれば、

理想を現実に追い求めたくなることも多々ある。

 

私にはなんの特別な能力もないし、恋愛経験も乏しい、仕事はシステムエンジニアで決して華やかとは言えない。

注意システムエンジニアのかたへ、すみません。だって、セキュリティ云々で清掃の方にも入ってもらえない埃っぽい部屋で、セキュリティ云々でブラインドも明けられず日の入らない部屋で、空調の場所によって寒かったりあつかったり、全員の適温がないから年中ブランケットをかけて、空気清浄機のフィルターを何年も変えてない環境にいたら華やかってこたぁ、ないでしょう??でも、その中で忙しくしている自分は嫌いじゃないよ。

 

 

あの本に出てくる女性のように、さらりと腕を組めたり、自分の仕事に誇りを持って颯爽と働いて、夜はグビッとお酒を飲んで明日も頑張ろうと眠りにつく。

 

対して私は、たとえ繋いだところで拒否られることはないであろうに手を繋ぐ勇気すらくすぶってしまうし、仕事行く前は原因不明で頭痛がするから薬を飲むし、お酒なんてさらさら飲めない下戸で、寝るときは慢性の首コリが邪魔をして態勢が整わず、結局朝起きたら変な態勢で寝ていて疲れが取れていない。

 

ふむ、どこから私は変わっていけばいいのだろうか。

変わりたいとおもう自分はいつもいるけど、なかなかそれが難しい。

 

 

そして幾度となく失敗を繰り返し、おなかが痛くなり、落ち込むことのネガティブループの完成だ。

 

本を読むことで、何人ものいくつもの人生を覗いているのに、全然生かせていない私。 

いやだがしかし。もし本を読んでいなかったら今の私ではないのかもしれない。本を読むことで形成されるのが私の運命なのか、本を読んできたこともまた一つ選んできたことの運命なのか。 (また難しく考えすぎてるよこの人…)

 

わかりやすいことに、いまは運命って言葉を多用したくなるような本を読んでいる。おもしろい。本当に面白い。今日はプレミアムフライデーだから、自分の部屋で読み終えるのではなく、カフェに行こうかなと思ってる。ホットで頼んだカフェラテがひんやり冷たくなってしまった頃にぱたんと本を閉じる、その瞬間は本の中の主人公になった気持ちで丁寧に閉じる。好きだ、その瞬間が。

 

 

何が言いたいかというと(今読んでいる本に影響されて)、言いたいことを言わないとだめなんだよ。人はいつ死ぬかわからないということ。もし失敗しても(失恋しようと)、それは笑い話にすればいい。自分の気持ちをちゃんと自分の言葉にして、いやそれでも言葉にするのが難しくても、それを伝える姿勢が大事だということ。それをしなかった後悔をこの本の主人公は私の代わりにしてくれた。

 

私は根っこが無口、だと思う。家庭環境のおかげでおしゃべりは好きだけど、だんまりしていることが楽だ。そして、怒りという感情はここ数年妹にしか発動していないくらい、どうも相手に向かって怒りというものは発動しない。怒りよりも悲しさ・さみしさの自分追い込みコンボが発生する、つらい。わかるんだ、主人公の気持ちが。どうしても自分を卑下してしまうのだよね。

でもね、喜怒哀楽どうであれ、ちゃんと言葉にしないと伝わらないこともあるのだなと。ていうか、言葉にしなきゃほとんど伝わっていないと思っていいのかもしれない。怒っている理由、悲しい理由はもちろん、うれしいとか好きとか、会いたいだとか、

 言わなくてもわかってるでしょ?が通用してはいけない。通用する世界に生きたいところだけど。

 

だから、なんにでも言葉にして相手に上手に伝えてこれなかった後悔をしてきたことを繰り返さぬよう、私はいまこの頭の中でぐるぐるしている何かを言葉にする必要があるみたい。恋愛においてもそう、家族に対してもそう、仕事に対してももちろん、そう。

 

でも、なにがぐるぐるしているかわからないの。

いままで言葉にしてこれなかったことがあだとなって、このぐるぐるを言葉にする力も、誰に伝えたいのかも、想像はできるけどはっきりと明確にはわからない。

感情を言葉にするのは難しい。動物はいいな、本能のままに。と思うでしょ。いいや、人間だって動物だし、言葉というものをもってして、行動以外でも思いを伝えられる手段があるのは恵まれていることだった。

 

うちのわんちゃんも、いつもなにかいいたげ(勝手にそういうまなざしに感じているだけかもしれないけど)な顔をして、なんなら言葉をぺらぺら喋っているようにしか感じなくて、私はやつのアフレコが大好きだ。犬の気持ちを代弁している場合ではないぞ。

 

結果、本を読んでいるくせに言葉を並べられない。思いをすべて小説の中が代弁してきてくれた結果が私だ。みんながみんな、本を読めるのであれば、「これ私の気持ち」と言って本を贈るのに。そんなことはできやしない、自分で伝える必要がありそうだ。

 

大人の言葉遊びと思って、きれいな単語を抽出してみることにしよう。

 

 

 

おわり