ちょっと覚えておきたいそんなこと。

Twitterじゃどんどん流れるし、Instagramほど映えるものでもないし、Facebookに投稿するには些細なこと過ぎるような行き場のないちょっと面白かったことを書きます。

ゼミ飲み、ボクは永遠に後輩だぜぇ!

 

 

あぁ、楽しかった!眩暈がした。笑いすぎたための酸欠以外ナニモノでもない。ソファ席に座り、何度椅子を叩いて笑いを分散したかわからない。

 

"今"の話も楽しいのだけれど昔話に花が咲くのは定番だ。そして、"今"の話に対して"昔"と変わらないことをおちょくられることは、とてもくすぐったく、最高の時間になるのも必然だ。

 

そうそう、この日は私含めて4人が集まった。3人とも一つ上の先輩で、先輩大好き芸人の私にとっては贅沢な空間でした。

 

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例えば、

「Kキは最近お酒飲んでるの?」

「最近はあまり飲んでないね」

「へぇ、最近は酔っぱらうと壁殴ったりしてないんだ?」

(いまこれを書いている今も笑いを堪えている)

「Kキが壁を殴り始めるとやばいなーって合図だったよね」

思い出し笑いで狂いそうになる。酔っぱらうと壁を殴り始めるってやばくない?かっこいい先輩なんだけど、学生という若かりし頃はすっかり飲まれていたことを思い出す。

 

「ゆっか彼氏できた?」

「一瞬出来て速攻別れた!」

「ゆっか、前もそんなんじゃなかった?」

「なんでだろう~~~泣」

「なんでだろうね~~~笑」

「すぐ飽きられる~~~!」

私なんでも話してたんだなぁと思い出す。笑いに変えてくれるのも、いいところ。

 

 

仕事の話をしていても優しいんだよ。

「もう今の仕事わかんない!覚えられない!」って泣き言言えば

「でもそれで3年続けたんでしょ?」

「はい…」

「すごいじゃん!十分だよ!」

と、とあるペンギンさんを思い出す。すごい甘やかされ具合だ。

 

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肯定ペンギンさん

 

 

「次はこんなことしてみたいと思うんですよね」

「うわ!ゆっかあってそう!そういう部門に普通にいそうだもん!面白そうだよね」

もう言うことなすこと肯定祭り。優しすぎる。

 

「うわぁぁぁそうやって肯定ばかりしてくれると嬉しくて泣きそうになる。クラウド使ってリモートワークしたいとか言えば「クラウドなんてセキュリティ信じられない」って否定されること最近多かったからぁ~~」

「そう?いいじゃん、いいよね、リモートワーク。電車とかしんどいもんね」

否定されることを避けたいわけじゃない。でも甘やかされることに身をゆだねたいときも、ある。生まれたのがたった1年だよ。いや、月によっては一年も歳は離れていないそんな先輩たちがとてもとても大きく見える。私も後輩からそう思われてる、自信はない!(クソ野郎) でもそう思われたいとは思ってる!

 

 

「ゆっかの世代はすごく仲いいように感じてたな~!」

「逆ですよ!先輩たちが仲いいのうらやましかったですよ~。あと、私たちの世代は一つ上のみんなが大好きでした」

「そっかーうれしいな~、でもほんと、飲み会いつも来てくれてたもんね」

「同期飲みよりも合同の方が爆盛り上がりしてたイメージがあります」

「ゆっかの代みんなすごい飲んでたもんね~」

「いやいや、Kキさんはじめ酒豪ぞろいで最初まじで怖かったです…」下記記事参照

 

shirokuma-yu.hatenablog.com

 

笑って笑って、よし明日もがんばろー!ってなる、そんな夜でした。

 

まとめ、卒業しようと先輩・後輩という関係は変わりようがないこと、最高。

 

 

*** *** *** *** *** *** *** ***

 

「一年に一回くらいは会おうよ」

「いやそれは少ないよ」

 

「じゃぁ上半期、下半期に一回ずつ」

「もう少し」

 

「月に一回」

「それは多い」

 

「四半期に一回」

「それだ!」

 

月の分け方がすっかり社会人生活に染まってしまったようだけど結論

 

だね!」

「いいね、じゃぁ次は夏会おうよ」

 

ここに私の喋った「」は、ない

ではまた、夏の陣にて。

 

 

おわり

 

 

ハイキュー!!と二次創作、そして藤岡麻菜美

 

 

 

バレーボールを教えてくれてありがとう

 

 

ハイキュー!!ゴミ捨て場の決戦がついに終わった。

 

 

つらい、しんどい、終わってほしくない

 

 

最高なの?自分の子供にはバレーボールやってほしいな?なんて思っちゃうよね。漫画怖い、影響力怖い。研磨かわいい。木兎付き合って。クロ結婚して。(腐)

 

Kindleを手に入れてから、嵩張る心配がなくて電子書籍ポチポチしがち。金曜日の夜の楽しみに一冊購入しがち。Kindleは、たった一つの端末持ち歩いてるだけで全巻持ち歩いていることになるし、夜も手元に電気つけなくても読めるのが最高。小説は相変わらず文庫派だけど、漫画はすっかりKindeleさまさま。

 

 

ハイキューにはまりすぎて、2次創作までさがしがち。

恋愛ものも面白いんだけど、引退後とかプロは入った設定とか、全日本の選手として同じチームで戦ってるとかたまんねぇ。

 

shirokuma-yu.hatenablog.com

 

プロなんて、日本代表なんて、夢のような話かもしれない。この漫画読んでてもこんな世代でうますぎる人たち集まるなんてことあるのか、なんて思ってしまう。

 

でも、サッカー界においては現に'86年組という世代があって、ライバルだった関係からチームメイトとして日の丸を胸につけてしまっているわけである。当時の、日本代表に選出された元チームメイトはその時代を一緒に走っていたことが誇らしいだろうなあ。

 

そして私にも一つ。漫画のページでいえば2~3ページで終わるような、予選の勝ち抜けていく様にチラッと特徴のない顔であろうと登場できれば本望、主人公にとっても通過点にしかならなかった試合は、私にとって中学校のバスケット生活にピリオドを打たれた試合だった。そのマッチアップした相手が主人公、今プロで活躍し、東京オリンピックでも有望視されている選手であるということが私のちょっとした自慢だ。

 

くじで決められて、私たちのチームが必死こいて勝ち上がることができただけで、「因縁の」チームでも何でもない、たまたま最後の試合で戦えただけだけど、それでも私は彼女を止めることに必死だったし、本気かどうかをいまさら測ることはできないけど、いまプロになる選手が手を抜いていたとは思えない、そんな選手が私のすぐ目の前にいた瞬間がある。あー二次創作自分でつくったろうかな。

 

21年度、準優勝チームと戦えたことはラッキーと言えよう

http://chiba.japanbasketball.jp/jhs07/soutairekidaiseiseki.pdf

 

いつか、どうにかこうにか、まわりまわって、会えたらいいなという思いを込めた二次創作を。"また"ボロ負けようと、恥をかこうと一緒にバスケがしたい。同じチームで操られてもみたいけど、やっぱり最初は相手をしてもらいたいなー!

 

みんなも一緒に女子バスケットを応援しましょう!

彼女の名前は藤岡麻菜美選手です!

オリンピックは絶対に応援に行く!

 

ボロ負けしたくせに、負けたことは悔しくて時間差で泣いたことをいまだに覚えてる。それがいまもバスケをつづけている原動力になっているかもしれないし、なっていないかもしれない。

 

とりあえず、ハイキュー!!みんなも読めな?スポーツをやっていた人なら特に、また走り出したくなるはず。チームメイトって響きが恋しくなるはず。

 

今週のバスケは、人数が足りなくて中止だそうな。そろそろ新しいチーム本気で探さないと。(まだ、バスケ生活はつづくらしい…)

 

 

おわり

金曜夜に新社会人と飲んできた

 

 

 

「まぁ言ってしまえば結局はナンパなんすけどね!」と、隣でカルピスサワーを飲む僕が言う。「まぁそうだよね」と私は笑う。

 

この春新社会人として"こちら側"に来た僕は、私のいまの職場から電車で15分のところが勤務地となり、金曜日の夜さっそく飲みに行った。私が就活する前に出会った子が、新社会人となった。時の流れを感じるきっかけは日々のいたるところに落ちているけれど、これは特にわかりやすい月日の流れだ。

 

「でもすごくないっすか!?あの時声かけて、LINE交換して、いまこうやっていまだに飲んでるんですよ!あの時ゆっかさんだって学生だったっすよね」

「はじめて会った時、就活前最後の遊びって言い聞かせてたからよく覚えてる。Hルくんは大学入学したばっかだったのにね」

 

 

前回あった時は就職活動が終わった時だった、そういえばもう一個前にあった時は就活相談だった。毎度会うたびステップアップしてくるHルくんがキラキラ(もはやギラギラ)していることがうらやましくてどこか遠い存在にもなっていくようだ。今日くれた名刺は「売れる」名刺。ネームバリュー最高クラスなところに強烈な個性を披露したようで、はたから見ればサクッと入社したように思える。就活アドバイスなんてものをしていたのが恥ずかしくなる、そんな感覚。

 

どんな大手に入ろうとそれでもHルくんの態度は変わらないし、いい子だし、私に喋らせることも上手だ。そして、私の相談にもしっかり答えてくれる。「それは間違っている」と言われることがいつもあって、「はい、確かに私が間違っていました」と反省するシーンが必ずある。論破されている気持ちにもなるけど、正しいと思わせるだけの言葉を並べてくる。だからとても勉強になるし、今日は何を話そうかななんて思いながら待ち合わせに向かっている節も否めない。

 

ちなみに私たちはいつもノンアルコールでコーラを飲んでいたが、今回に限っては「社会人になって歳上の人と飲むってことしたいんで飲みます」とかなんとかいって、私もなぜかそれに付き合わされてアルコールを飲んだが早々に押し付け合いが始まった。飲めないもの同士飲むことはしたことがなかったから少し新鮮な感覚だった。

 

 

「アルコール入ると耳が遠くなるんすよ」

「え、なんて?」

「飲むと、耳が聞こえなくなる」

「ああ、わかる」

 

 

3つ離れた年齢の為かぎりぎり崩れないくだけた敬語で、いつも「ごはん行きましょー」と声をかけてくれる。うん、かわいい。そして、「いつも俺が声かけてるからたまにはゆっかさんからこれかけてくださいよー」と言われ、ギクリとする。その通りだから。「次は私が声かける」といったのは、前回の私の言葉だった。言い訳すれば、声をかけようと思ってたけど、声をかける前に声をかけてくれた。

 

声を掛けられるまで誘いをまってるっていうのもおかしいし、かといっていつも私が声かけてるから声かけないという駆け引きもおかしな話だ。でも私は、"いつも私が声かけることに疲れた"ことが幾度となくある。それで、声をかけるのやめたら疎遠にり、疎遠になったことをその程度だったんだ、とあきらめることしかできなかった。

でも、こうやって声をかけ続けてくれる子もいるわけで、声をかけてくれることに応えたいなと思う。次こそは、私が声をかると言ったら「目標決めましょう、2か月以内ね。2か月以内ってことは1か月後でも全然いいんですからね」と。

 

まぁ言ってしまえばナンパなんすけどね

ナンパはちゃらいイメージがあるけども、実際にちゃらんぽらんな子なのだけども、あの時声をかけてくれなかったら、私も私で拒絶してたらと思うと、今がなかったのだからすやっぱりすごい。ナンパひとつも侮れない、出会いというものは。

 

だがしかし、この「ナンパ」を「ナンパ」とこうやってオープンに言えるだけの理由がある。

 

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声をかけてくれと言わんばかりでしょう?これで「ナンパ」というにはHルくんにナンパという単語の持つマイナスなイメージの責任を押し付けすぎだと思っている。君たちが隣でBBQしていたことで、私たちもさらに楽しさを得られたのは事実だ。

 

帰り際、私たちだけで撮ってた写真に乱入してきたHルくんとそのお友達。

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 失敗しているけど、それもまた。

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大学4年生の夏、遊び倒していたんだぁ。

 

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ああ、また話がそれる。話始めたら止まらないので、また改めて小出ししていこう。それでは。

 

 

四年前のGW、猿島で出会ってもうすぐ4年が経つ。

 

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おわり

本を一冊貸しただけなのに、「運命」とか使ってしまう気持ちはよくわかるぞ、って話

 

 

 

学生時代にバイトしていた居酒屋で週に1回程度、お手伝いに行っている最近。

 

 

そこで働いてるバイトのモモちゃんという子とほとんどシフトが被るのだけれど、2回目に被った時からお互いの趣味が共通とわかり意気投合。仕事終わりにバイトに行くわけだけれど、ただのリフレッシュでしかない、楽しい。

 

 

「結婚式も続くから、お小遣いがもう少しあったらいいな」という気持ちで始めたけど、その時に「お金に欲はもたない」と決めていたから気持ちが楽だ。お金の為に働いていた学生時代とは違い、人と喋りたい、運動不足解消という方が今は目的となり、エプロンの中にはポケモンGOを潜めたまご孵化用のウォーキングの役割も果たす。

 

 

話がすぐにそれるが、私のなぜバイトしているのかという理由はそれだけで、今日聞いてほしいことはモモちゃんと意気投合した話。

 

 

ひょんなことから百田尚樹さんの『フォルトゥナの瞳』の話になった。モモちゃんは映画を見ていて、私は本を読んでいた。モモちゃん曰く、まじで泣けたらしい。でも、私は原作があるものの映画は再現不可だと決めつけているところがあるので前向きではない。それを話したら「本を読んでみようかなー」というから、「貸してあげるよ!」と、モモちゃんに本を読んでもらうことになった。

 

 

翌週、本を貸した。「今日持ってきたから貸すね」「まじすか!忘れてると思ってました」「なんでよ~、覚えてるよ」そう言って手渡した。

 

そしてそのまた翌週は今週の出来事にあたるのだけれど、「ありがとうございました~~!」と、返してきた。読むの早い…!「いま、砂漠読んでます!」

 

 

砂漠

砂漠 (新潮文庫) [ 伊坂幸太郎 ]

価格:853円
(2019/4/12 16:02時点)
感想(85件)

 

モモちゃんに好きな作家を聞かれた時に「伊坂幸太郎かな~」と言ったら、モモちゃんは伊坂幸太郎を読んだことがなくて、おすすめを聞かれた。あれもこれもおすすめとして読んでもらいたいのだけれど、脳内で一冊ずつモモちゃんに貸すイメージをしていった時、漫画でいう手元でポンっとしたときに豆電球がぴかっと光る思いつきをした。

 

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「モモちゃんいま大学生じゃん!絶対砂漠がいいよ!」とおすすめしておいたのだけれど、そしたらもう買って、読み始めていた。

 

 

「もう、めちゃくちゃ読書にはまっちゃって、ずっと読んでます」と言った。もともと本を(活字)を読むのに抵抗はない子だったみたいだけど、それにしても。ブックソムリエ(※)になりたい私にとっては究極の褒め言葉だ。

※ブックソムリエ…私が勝手に作ったそれっぽい単語言。オススメの本を聞かれたら日常やキャラを考えて本をオススメできるだけの本を読みたいという目標だよ。

 

 

私のおすすめを続けて読んでくれて、舞い上がらないわけがない。私より本を読む人なんて万といる。でも、モモちゃんよりも少し歳を重ね、自信を持ってお勧めができる本があって、それを素直に聞き言れてしまってくれた先に、「読書にはまってしまって」という影響を与えられた。

 

 

フォルトゥナの瞳を返してくれるのと一緒に、モモちゃんのおすすめの本を貸してくれた。読んだことのない作家さんだ。こうやって、世界は広がっていくらしい。

 

 

 

私が昇一と最後に会ったのはふたりが小学校に上がる直前くらいの時だっただろうか。---

 

 

 

 

砂漠は、私が大学生の時に読みたかった本。少し遅くて、社会人一年目の時にやっと私の手元に巡ってきた。悔しかった。でも今回、現役大学生に読むことを託せた。よかったよかった。

 

 

砂漠 (実業之日本社文庫) [ 伊坂幸太郎 ]

価格:779円
(2019/4/12 16:12時点)
感想(3件)

 

表紙リニューアルしてまた売り上げが伸びたらしいぞ。大学生にお勧めしたい本ランキングに入っていたぞ。さすが私。

 

 

極めつけがこれだ。そうそう、本を読むと運命ってものがよくわからなくなるし、これもまた運命、運命、運命、いや、選択すること一つも、選択する運命なのか選択によって運命が変わるの…いろいろわけがわからなくなるけど、今のこの運命を受け入れられるようになるというものだ。

※運命を語りはじめたくなる物語がフォルトゥナの瞳

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では今週の土曜日も、元気にバスケをしてきます。眠たくて仕方ないところだけど、自分へ言い聞かせた言葉を信じて。

(PC開いたときにその時の記事しれっと貼っておきます)

 

 

おわり

最近のブログは違う面白みがある

 

 

 

3000字越えの記事を書くと「文字をタイプしたい!」という欲求がすべて消化されるようだ。だいたい3日間くらいは欲求が満たされた状態になる。しかし、ただ生きてるだけでも書きたいことは増えてくばかりで、下書き保存は書きたいと思ったことを覚えておくための、書き出しのメモであふれている。埋もれていった記事も、[次のページ]になってしまうくらいにはある。何が言いたいって、前回の記事は自分でも好き。

 

 

shirokuma-yu.hatenablog.com

 

 

 

基本的に私はSNSが好きで(流行りもの)、TwitterInstagramFacebookもやっているがSNS疲れをしている民の一人でもある。だけどTwitterの面白い記事ではクスっと笑えるし、犬は可愛いし、知らなかった常識を簡単に教えてくれるし、なにより時代を読み取れる。まだジェネレーションの渦中にいたい年齢だ。Instagramはおしゃれ!写真を撮ることがすきだから勉強にもなるし、行ってみたい旅先も増える一方。そしてプライベートアカウントだけではなく、趣味のアカウント(読書)は私にとてもいい影響を与えてくれる。Facebookはなかなか会えない友人、先輩、先生との繋がりがあって素敵だ。年に2~3回程の更新を心がけている。あと、海外の友達ともつながっていられるのは大きい。海外の旅行先で出会った人と写真を共有するにも必要なツールだ。

 

こうやってSNS離れできないあ理由はいくらでも並べられる。

 

それでも、疲れたんだ。疲れたんですよ。なのにまだ私は楽しかったことはみんなにおしゃべりしたい。そしてたどり着いたのがブログという形だった。なにが良いって能動的だっていうこと。SNS疲れの根本は、会えない人の日常であるにもかかわらず会っているんじゃないかという錯覚になることだと私は結論づけた。みんなの日常を知りたくないと言っているわけではない、でも勝手に入ってくる情報量にパンクしていた。

 

だからこのブログはInstagramのところにちょこんとURLを張っているだけで宣伝したことはない。あくまでも自己満足の日記代わりだからだ。なのに、なのに、読んでもらいたい!」という強い意志はなかったはずなのに…このブログ、10日せずに100プレビュー超えました!(拍手)自分でも満足した記事を投稿したら一日で30プレビュー越えですよ。こんな雑多ブログに。

お前読んでもらいたいって思ってなかったじゃねーか、とセルフ突っ込みなのだけれど、うれしいもんはうれしいんだ!

相変わらず誰に読んでもらってるのかは知らないけど(読んでるよと名乗り出てくれくれた人はまだ2人)意外とそこは気にならない。そして最近、InstagramのURL以外からの訪問者も増えてきた。

 

読んでもらうことがブログを更新したいという、ブログを始めたときと少し違う意欲が湧いてきた。書くことが楽しくて仕方がない。これは私が新たに手に入れた趣味なのではないか?文章を書いていると感情が高ぶってポエミーになりがちなこともあるけど、TwitterInstagramではだれに見られてるかわかるからこそ恥ずかしくてできない。そういうところもまた、よし。

 

 

記憶がはっきりしている幼稚園生のころから、おとう(父)の仕事帰りのお土産は絵本だった。おかあ(母)がしてくれる絵本の読み聞かせは、おかあの出身地の方言で読んでくれて笑い転がった。お父さんの読み聞かせはものすごい早口な時とかスローすぎるパターンとかもあってこれも笑い転がった。親戚からは段ボールいっぱいの絵本が毎年届いた。小説の面白さはおとうが教えてくれたし、中高ともに図書室の先生と仲良くなって、本のリクエストをしまくってそれに先生は答えてくれたし、休みの前日は友達のカードをも使って(のちに、それはいけないことだったのよ、と三個下の妹を介して伝達された)借りることを許してもらい、本が好きと言ってもいいかなくらいには本を読んできたら、文章を書きたいと思いはじめた。こうやっていま、記録を残せる手段が文章を書くこと、に至る必然的バックグラウンドに感謝して、次に投稿したいと思っている記事の伏線とする。

 

 

おわり

ゼミとウォッカと私の居場所

 

 

 

いまはだいぶ疎遠になってしまったような気がするけど、それでもなんだかそれぞれがそれぞれの場所で適当にやってて(がんばってて)過去にすがることなく前へ前へ進んでいるような、思い出になってしまって、そこから思い出話をするような機会も今のところなくてさみしいんだけど、それでもそれはそれ、と思えるような存在の、3年ほど所属していたコミュニティがある。

 

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大学のゼミ、です。

 

 

思い出は美化されるものだから、よけいそうなんだと思うけど、思い返せば返すほどゼミは不思議な場所で、楽しかった。学部が同じだから顔は知っていても、話すことすらなかったであろう人たちと一緒に制作したり、合宿いったり、飲みに行ったりしていた。

 

どこでどんなコミュニティだろうと所属する人が違うのだから同じコミュニィは一つとしてないといえる。でもその中でも人はそれぞれ自分に馴染むところ、性格や空気感、価値観など合うところ選び、所属しているはずだ。だから、一生ないと思うという単語をここで使いたい。

 

こんな違和感満載で不思議と楽しいコミュニティは一生入ることはないと思う。

なぜなら、いま能動的に選ぶコミュニティでこのゼミの心地だったら所属しないからだ。

ただ、所属し続けたからこそ得られたこの今をも感じる高揚感を味わえることも一生ないといえる。

 

 

はじめはなんだかしっくり、フィットしない、そんな居心地だった。これは決して悪い意味ではない。ただ悪く言えば、馴染める気がしなかった。こんなにもタイプが違う人が集っている場所は初めてだったのだと思う。だけどゼミのメンバはみんな来るもの拒まずっていうのをとっても感じられたから、「見た目で判断しちゃいけない」の私の中での最大のリアル体験だったといえる。

 

ちょうど、こぇ〜と思ってた2人に挟まれた写真がありました。見た目だけでした。

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そんなゼミの初日、自己紹介の時に「呼ばれたい名前があります、ゼミではみんなにゆっかって呼んでほしいです」なんでゆっかって呼ばれたかったのかもう記憶がない。でもいまは多くの人に呼ばれるこの名前。ゼミのみんながバッチリ呼んでくれていた、いまも残るゼミの名残と言える。

 

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私のゼミは縦の関係を作ることにとても積極的だった。でも今でも覚えてる、歓迎会をしてくれた時に日本酒を水のように飲む先輩たちをみて「あぁ、ムリ…」怖くて、委縮した。飲みサーと変わらない飲みっぷりに、楽しみにしていたゼミライフの想像は一晩で跡形もなく崩れていった。

 

なのに、手元に残るのはこんな写真だから人生語りたくなる。

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しかしいま、上の写真が物語るように私はゼミのみんなのことが大好きだ。いまでも、思い出すと本当に大切な場所。でもそういう場所に変わっていった転機が、同期との日常以外にもあった。

 

 

ゼミが始まって半年後、少数クラスの履修が、まさに日本酒の一升瓶を抱えていた先輩と被ったのだ。もはや事件。

 

(向こうは私のこと知らないかもしれないけど、あいさつしないのは良くないよね!?)と自問自答を繰り返し、「●ゼミのゆっかです、Gショさんですよね?」

 

 

かろうじてか、私のことを認識してくれていたGショさん。週に2度あったこのクラスで顔を合わすたびに少しずつ仲良くなっていった。Gショさんは、仲良くなったいまだからこそ言えるのだけどただの人見知りだったんじゃないかなと分析している。あんなに近づきがたいと思っていた先輩は、今の私にとって甘いものが好きな面倒見のいいワイルドな先輩、と説明する。

それと、私がお金がなくて飲み会に行けない(2次会に行けない)と言ったときは「時間が許すならお金で決めるな、行ける飲み会には絶対に行け」と私の分を払ってくれて、社会人になってもいまだ通用している飲み会の大切さを教えてくれた。

 

二次会に行っていなければこの写真には映っていない。

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こうやってGショさんや個人的に仲良くなりたい!って一目ぼれしていた女の子の先輩Yケさんへの猛アプローチもあり(Yケさんのことは大好きすぎるので、今度遊んだ時にでも別途愛を語ります)私は気が付いたら飲み会はただの楽しい場所で、居場所がない…なんて思う暇もなくなっていた。居場所を見つけたというのか、いやいや居場所っていう概念が飲み会の席には相応しくないのだろうか…

 

なんてすぐに思い出に耽ってしまうが次に思い出すのは店員さんが「グラスを返せ(怒)」という勢いで頼んでいたウォッカの乾杯だ。ウォッカの入ったショットグラスをみんなで片手にウェーイとする時。私の右後ろには飲める先輩がいつもくっついてくれて、代打をしてくれていた(乾杯は私にさせてくれる、でもグラスの行き先は右後ろ)。だから、飲めないことが飲み会に馴染めない理由ではなかったことを身をもって学び、これはのちに就活でも生きてくるエピソードとなった。

 

そして、このゼミに所属していたおかげというのか、良くも悪くも下戸の私ですら一通りの安いお酒の味は知っているつもりだ。「一口だけ」を若気の至りで繰り返し、何度リバースをしたか。つまり下戸という判定を下すまでの経験もゼミの存在は大きかった。良くも、悪くも。

 

 

飲み会に参加することが偉いとは一概には言えない。でも、私は飲み会に参加することで少しずつこうやって仲良くなっていった。あまりしゃべったことがなかった先輩とでも不思議ともう喋れるようになっていたりもしたものだ。

 

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そう、そうやって気が付いたら仲良くなっていた先輩の内の一人と今週ご飯に行く約束をしている。その人に対してのメモが残っていたのだけれど、「Kキさんとは焼酎が飲めないと話せないと思っていました!」と。こんなメモをしていた自分もマメだけど、相変わらずのゼミ生の一面に笑みがこぼれる。

 

facebookの写真にコメントを付けていた。ジャンケン大会ってなんだっけ…

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会うのは先輩が卒業してから振りで、少し緊張している。突然facebookメッセンジャーに連絡が来たのだ。「同じ職種だし、飲みに行こう!」と。どこかで私のことを話してくれた人がいたのだろうか。それとも私がfacebookに自分の職種投稿したことがあったっけ?

そこはどうであれ、あの日あの場所、私はちゃんとそこにいたのだと思う。私の今を知り、会おうと言ってくれるまでには関心を持ってもらえたゼミの一員になれていたのだと思う。

 

同期のこえーな、って思ってた男の子のうちの一人は、今は私が働いている常駐先のプロパーだったりもする。もしゼミが一緒じゃなければこんな偶然がおきていようと知る由もなかった。いや、知り合っていなければ偶然がおきた、とすら思わない別々の人生か。

 

卒業した時の写真を見返しても、私はとっても楽しそうだ。

 

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何をこんなに私はおびえていたのかと思う。もはや失礼にあたる。なんか好き、ずっとそう思っていた。

 

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そしていまもなんか好き。あの頃、学生ではあったけどもう私たちはとっくに大人で、友達を作るのがへたくそになっていたのだと思う。似ている人が集まるばかりのコミュニティになれてしまっていたから、不安があったり自信がなかったのだと今ならわかる。わかった今だからこそ、会いたくなるんだぁ。旧友と呼べるいま、会いたいんだぁ。

 

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さて、思い出巡りは終わりにしましょう。また未来の話に戻ってく。会いたいなぁという気持ちから会うに至るのかどうかも未来。先輩にあったらまず何を話そうかなと考えるのもまた未来。過去はこうやって今に繋がっていく、それを目の当たりにすることが時々ありますよね。

 

Kキさんに会ったらとりあえず、「いまもカメラはやっていますか?」から聞こう。卒業するとき、一緒に写真撮りに行こうね、って約束が果たされなかったこと根に持ってます。一緒に撮影会したかったです。ってネチネチいってやろう(声をかけなかった自分も、もちろん悪い)。そしてもう一度、約束をしてもいいかもしれない。

 

それから「Kキさんは同期といまも会っていますか?」その答えが“会っている”ならば、「私も同期と会いたいんだけど、どうやって声かけたらいいかわからない」って相談しよう。“会っていない”ならば「うちのゼミ生ってクールですよね」って一緒に笑おう。

 

あー今から楽しみだ。そして、次にはやっぱり緊張だ。あれ、大学生ってあいさつがハグだったところあるけど、仕事帰りの待ち合わせで飛びついたらちょっとバカまるだしだよね。ああなにもかもわからない。みんなに会いたい。

 

 

おわり

春に追いつかれた

 

 

 

ちょっと、いい感じのタイトルが思いついてしまったのだけれども中身はただの弱音。やっぱりお前、出てきたな。喘息が出てしまったのでした。

 

 

この寒暖差にまんまとやられた。春は、好きだけど、嫌いだ。

 

 

去年は2月くらいに喘息でて、2週間くらい苦しんだのだけれど、今年は一生懸命その魔の手から逃げているような感覚だった。しかし、追いつかれた。逃げ切ることができなかった。

 

 

去年はずっとずっと寒かったけど、3月末くらいに暖かくなって(桜の開花が早すぎてみんなあわてたよね)あっという間に初夏と移り変わっていった。

 

今年は、暖冬というだけあって、温かくそれとなくコートを脱いでいくのかと思いきや四月の初旬に北風が吹く気候。寒いね。セーターきたら変だけど、シャツで外出るにも寒すぎる。三寒四温という言葉はよくできていると感心してしまう。

 

 

逃げて、逃げて、風邪ひかないようにすごく頑張ったけど今年も逃げ切り失敗。(てへっ)

何もやる気が起きないのだけれど、ベッドの上で転寝を繰り返している時間は、体調が悪くならないとできないことだから。

 

 

今週はもうだめだ、諦めた。でも、来週は楽しい予定があるからどうにか回復したいところ。

 

 

喘息持ちということはもはや私のステータスであって、悲観的にもならないけど、息が苦しいということは日常生活に支障をきたすわけで、メンタルが落ち込んでいくことがわかる。こういう時にいつも思うこと。将来結婚する人は、私のこういう体調不良にとことん心配してくれて甘やかしてくれる人を捕まえるんだ♡

 

 

出産をすると体質がかわるという。喘息もその変わるものに含まれるらしい。1/3 悪化する、1/3 現状維持、1/3 よくなる 。私はこういうの現状維持が選ばれるような星のもとにうまれていると自覚があるけど、もしよくなったらうれしいなーとか願望はゆだねている。

 

 

でも、母ちゃんが定期的に具合悪くなってるほうが、子供たちにもいい教育になるんじゃないか?!子供は健康が一番だけど、病気の人の気持ちを理解する経験になるんじゃ!?とか無駄に前向きなことを考えたりもしている。

 

 

旦那さんの理想像でおさまらず、出産まで経てしまった今回の記事ですが、おなかにはお昼に食べたカップラーメンしか入っていません。

 

 

春から逃げていたが、ついに春が私においついた。今週末はとことんベッドの上で過ごそうと思う。死にはしないとわかっていても、呼吸辛いのはやっぱりつらいよ!

 

 

おわり