ちょっと覚えておきたいそんなこと。

Twitterじゃどんどん流れるし、Instagramほど映えるものでもないし、Facebookに投稿するには些細なこと過ぎるような行き場のないちょっと面白かったことを書きます。

夜勤明けがしんどすぎる話

 

 

もう夜勤勤務を始めて2年近くになる。全くないときも時々あるけど、ここ数か月は月に2回がデフォルト。「慣れた」といえば慣れたといえる。なぜならば、夜勤勤務中に眠くならないお昼寝の仕方を覚えたから。すっぴんで出勤して、夜中の空腹にも耐える忍耐能力を身に着け、吹き出物を一つもださない夜も増えてきた。

 

でも、夜勤明けの慣れはまだこない。仮眠をとると、起きるときに吐きそうなほどしんどいナニカに襲われる。そしてそれを乗り越えると一定の活動ができる。それでも調子に乗らず7時半に寝ることを目標に夕飯やお風呂を済ます。そうするとあっという間に時間が過ぎてしまうのだけど、夜の8時くらいになると吐きそうなほどの眠気に襲われて、そのまま眠る。これはとても気持ちがいい。

 

ここからが、壮絶な戦い。8時~9時の間に眠る。次に必ずと言っていいほど0時に目を覚ます。夜勤でいえば事前準備とかおわっていざスタートと神経が張り詰める時間とぴたりあう。目がさえてしまって仕方ない。一度下に降りて(二階で寝ている)ぽんたと戯れたりホットミルクを飲んでリラックスする努力はするのだけど、いやいやいや本当にここから眠れない。3時まではねられないと思って間違いない。昨晩は4時くらいまで寝られなかった。

 

 

私は月に2回程度だけど、毎週のように夜勤をしている人も多く知っている。だから私ばかりがしんどいわけじゃない。でも、私の体は一つしかないのだ!つらいもんはつらい!!!神経が過敏になるのか、友達とのLINEひとつでもすごくネガティブにとってしまった昨日に限っては「あぁやばいなこれ」と精神的な悪影響を認めた。

 

 

夜勤は結構好き。我が子を世の中へ放出するようで(アプリ)行っておいで!という気持ちになるし、この夜勤でやる作業を誰かにやってもほしくない、だから私がやりたい。

 

ああわがままですすみません。でも、一個わがままついでにおねがい。

夜勤手当ください。

わがままついでに2つ目いいですか、夜勤休ください。

 

労ってほしいとかそういうのじゃないんだけど、こう「しんどいぞこの野郎!」って叫びをただ聞いてくれるだけで「私頑張ってる;」という自己肯定につながります。私頑張ってるよね、男性社会でよく頑張ってるよね?

 

朝帰りには牛丼が最高。お新香・お味噌汁・卵セットでいただきます!

 

 

そんな私の夜勤ライフもいよいよ来週で終わりを迎える。相当なことがない限り、本当に最後。夜勤勤務の人たちとの一体感も好きなので、ちょこっとしんどいけどやっぱりさみしさもあるので、この体のしんどさを忘れずに、でももう充分ですと思いながらあと一晩がんばるぞー!

 

★いつかまた夜勤をする時が来たら、私の今のタイムスケジュールを参考にしてね!(未来の(今より年いっている)私へ。)

8:30 起床

11:00 オープンと同時に平日ランチを楽しむしゃぶ葉にはまってるなう

15:00-20:00 お昼寝(ただベッドにいる時間も含む)

22:00-23:00 出勤

~~~~~~仕事~~~~~~

9:00-10:00   解散

10:00-11:00 モーニン牛丼

13:00 帰宅

14:30-15:00 本を読む(変に目がさえてるので睡魔を誘う)

15:00-16:00 仮眠

16:00-18:00 買い物(母の付き添い)

18:00-20:00 夕飯、お風呂

20:00-0:00   第一睡眠

0:00-4:00     ツムツムしたりマンガ読んだり

4:00-8:00     第二睡眠

9:00 出勤

9:30-18:30 仕事  ←イマココ

18:30- 華金

 

お疲れさまでした。

 

 

 

おわり

喜怒哀楽の喜楽と怒哀に分解した話

 

 

毎日毎日を繰り返してるだけなのに、一日一日は違うくて、喜怒哀楽も偏りがちになる。季節の変わり目でぜんそくお化けがでてくる恐怖と似ていて、そういう日々の落差はとても苦手。喜怒哀楽でいえば、喜楽だけで生きていきたいけど、そうはいかないのならばまとめて怒哀は来ないでほしい、なるべくうすーくうすーく、喜楽に塗りつぶされちゃうけど、何となく毎日あって、あまり偏りのない感情変異で生きていたいと強く思う。

 

なぜこんなことを書くかというと、まとめて怒哀の波が襲ってきたからであーる。みんなそういうもんだよね。私も別に「あーまたこのターンかー」って思ってる程度。

ただ毎度毎度ご丁寧に、いろいろな怒哀を準備してくれる我が人生。

 

例えば、歯医者の予約をすっぽかしちゃうとか(地味)

    夜中にしかけた試験(仕事)があったのに電源抜けてて実行できなかったとか(自己責任)

    会うのが楽しみだった人との予定がなくなってしまうとか(よくあるけども)

    毎朝起きたら頭が痛いとか(出社拒否かな)

    2週間来ないでくれてたストレス源の人が出社してきたとか(ただのわがまま)

    メイクのノリが悪すぎるとか(いやがんばれ)

 

 

結局は起こるべき時に起きたことであって、仕方がないこともあれば、ひたすら自己責任でしかないようなミスが大抵。それなのに、その自分のミスを何度も同じタイミングで繰り返すだなんて、負のスパイラルとはよくいった単語だと思う。

もう気分はどん底だぜ!!!!そんな時に遊ぶ約束がなくなるって、もうどんな罰ですかね???

 

でも、こうやってアウトプットするとうわ、しょーもな!ということにも気づくのです。

 

    歯医者の予約をすっぽかしちゃうとか(地味)

    また予約をすればいいことでしょ。

 

    夜中にしかけた試験(仕事)があったのに電源抜けてて実行できなかったとか(自己責任)

    朝またすぐやったら午後にはその試験のデータ取得できるでしょ。

 

    会うのが楽しみだった人との予定がなくなってしまうとか(よくあるけども)

    仕事なんだから仕方ないでしょ。また約束すればいいでしょ。

 

    毎朝起きたら頭が痛いとか(出社拒否かな)

    薬が効かないわけじゃないんだから大丈夫。

 

    2週間来ないでくれてたストレス源の人が出社してきたとか(ただのわがまま)

    来ないでくれてたことがイレギュラーなんです。

 

    メイクのノリが悪すぎるとか(いやがんばれ)

    今晩パックしましょう。

 

カラ元気みたいなところもあるけど、こうやって変換すればどれも大した問題じゃない。ちょっと心臓がチクチクするくらい。

たまに何のために働いてるんだ…って気持ちにもなりますが、泣きたいくらいすべてがどうでもよくなりますが、無意味にいじけたくなったりしますが、仕事を午前中すっかりさぼって(ひたすらPCを目の前にぼーっとしちゃう)ランチ食べたら頑張ろうって奮い立たせれば、気づけば目の前にあるやらなきゃいけないことをやっているのもいつものこと。

 

そうそう、いいことももちろんある。色味的に怒哀が強すぎて簡単にかすんでしまうけど

 

    5分で予約埋まった美容師さんを予約できた

    仕事で回収したスクリプトが簡単にできた、ただの成長

    今年はスノボに行けることになった

    読み終わった本が面白かった

    読んでる本が面白い

    ハイキュー!!の新刊がでて、Kindleのおかげで0:00で読めた

    インフルになっていない

 

 

どうでしょう、考えればちゃんとでてくるんだぜ!

 

だから、思考の循環は恐ろしい。この記事を書き始めた瞬間ダークな気持ちでいっぱいだったけど、いまはトントンってことにするか!くらいには。いや、まだ喉の奥がつっかえているような気はするけど。

 

このつっかえの理由はわかっている。さて、どう解決したものか。いままでの私だったら気づかぬふりをしていたけれど、どうにか正面突破してみたいなという好奇心でいまいっぱいだ。

 

とりあえず、ストレス源のキーボードをたたく音がくそうるさくてそれで泣きそうな私にだれかアイスクリームを食べさせてあげた方がいいと思います。

 

今日のところは、おわり。

はい、私はゆっかさんです。

 

 

どんだけ年月が経とうと(まあ5〜6年程度だけども)

どんだけ酔っ払おうと

タメ口で喋ろうと

 

 

「ゆっかさん」

 

 

と呼んでくる後輩たち。

 

 

ゆっかさんは、ゆっかさんでしかないのだと。

年齢は同級生なんだけど、大学生の時に出会った形が先輩後輩という形を作ったけど、卒業しようと「ゆっかさんは先輩ですよ」とのこと。

 

 

照れるな、くすぐったいぜ。

 

ゆっか!て呼ばれても全然問題ない。

むしろ卒業したのだから、同い年として接してもらいたいくらい。

 

なのに、ゆっかさんって呼ばれるのもなんか心地いい。

 

 

先輩としてのプライドもなにもない自分なのだけれど、それでも会う時にちゃんと軸を持っている自分でいたいなとおもう、なけなしのプライドか。

 

 

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班長〜(ふざけて)ていってこき使ってくるところがあるけれど。

それが30班の形なのかなぁと心の中で思ってる。

 

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まっくろくろすけに一緒になったあの数日のとある夏の日が、今にも繋がっているからああステキ。

 

2人と会ったことをツイッターにのせれば今回会えなかった子たちからのリアクションもあり、ああやっぱりみんなに会いたいと思ってしまう。

 

いまでもいやーなことあったりおちこーんだりしたらごそごそと引き出しを開けて取り出すこのアイテムを。

 

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宝物って本当にこういうもののことを言うんだとおもうよ。

 

この丸い箱の中にはもう一つの宝物、バンダナがいまは入っていて、それも宝物。インドで築いた班の子たちからのプレゼント。

 

リーダーとか班長とかほんと無理すぎだったんだけど、それでも頑張るぅて決めて、引き受けてよかったなぁやってよかったなぁと、私にそう思わせてくれた後輩たちにカンパイ!

 

 

またみんなで会いましょう。

 

 

おわり

 

好きな洋服

 

 

税込み 6,469円

だった時からずっとずっと気になっていたワンピース。

 

30%OFFがつき、

税込み 4,528円

となっても冬しか着られないから…と何度も手に取り戻しを繰り返した。

 

 

でも、ついに買った。

 

好きなお洋服は背筋が伸びる。

このワンピースが大好きだ。

もっと早く買っておけばよかったのに、私。

 

冬は早く終わってほしいけど、

このワンピースを着るためにもう少し冬が続けばいいという

矛盾を生むほど。

 

 

とってもとってもとっても、気に入った。

 

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少し高くても、好きなお洋服を買おうって思えたとてもいい買い物だった。

このワンピースを高い高いと嘆いていたお買い物を一緒にした仲良し君は、私が今まで選ぶにも至ったことのない値段のGパンを(Gパンに限らずあの値段のお洋服を買ったことはない)ずーとずーっとうなりながら悩んでいたから、人のお金の使い方、十人十色。

 

 

5000円の服を高いと騒ぐ私は果たして25歳の平均的金銭感覚なのだろうか否か。

 

 

おわり

本と感情と運命の話

 

 

おもしろい本を読んでいると、気持ちが高揚してくる。自分の知らない世界が一気に広がり、そしてあこがれを抱く。

 

とあるときは「ああ、やっぱり図書館司書になりたかったな」と思い、

またあるときは「ああ、編集者として生きたかったな」と思い、

またとあるときは「ああ、バスケじゃなくて短距離走やっておけばよかった」と思い、

そしてまたあるときは「ごはん屋さんをやりたいな」と思い、

 

そしていつも思う「ああ、こんな素直な女の子になりたい」。

 

理想と現実のギャップに苦しくなることもあれば、

理想を現実に追い求めたくなることも多々ある。

 

私にはなんの特別な能力もないし、恋愛経験も乏しい、仕事はシステムエンジニアで決して華やかとは言えない。

注意システムエンジニアのかたへ、すみません。だって、セキュリティ云々で清掃の方にも入ってもらえない埃っぽい部屋で、セキュリティ云々でブラインドも明けられず日の入らない部屋で、空調の場所によって寒かったりあつかったり、全員の適温がないから年中ブランケットをかけて、空気清浄機のフィルターを何年も変えてない環境にいたら華やかってこたぁ、ないでしょう??でも、その中で忙しくしている自分は嫌いじゃないよ。

 

 

あの本に出てくる女性のように、さらりと腕を組めたり、自分の仕事に誇りを持って颯爽と働いて、夜はグビッとお酒を飲んで明日も頑張ろうと眠りにつく。

 

対して私は、たとえ繋いだところで拒否られることはないであろうに手を繋ぐ勇気すらくすぶってしまうし、仕事行く前は原因不明で頭痛がするから薬を飲むし、お酒なんてさらさら飲めない下戸で、寝るときは慢性の首コリが邪魔をして態勢が整わず、結局朝起きたら変な態勢で寝ていて疲れが取れていない。

 

ふむ、どこから私は変わっていけばいいのだろうか。

変わりたいとおもう自分はいつもいるけど、なかなかそれが難しい。

 

 

そして幾度となく失敗を繰り返し、おなかが痛くなり、落ち込むことのネガティブループの完成だ。

 

本を読むことで、何人ものいくつもの人生を覗いているのに、全然生かせていない私。 

いやだがしかし。もし本を読んでいなかったら今の私ではないのかもしれない。本を読むことで形成されるのが私の運命なのか、本を読んできたこともまた一つ選んできたことの運命なのか。 (また難しく考えすぎてるよこの人…)

 

わかりやすいことに、いまは運命って言葉を多用したくなるような本を読んでいる。おもしろい。本当に面白い。今日はプレミアムフライデーだから、自分の部屋で読み終えるのではなく、カフェに行こうかなと思ってる。ホットで頼んだカフェラテがひんやり冷たくなってしまった頃にぱたんと本を閉じる、その瞬間は本の中の主人公になった気持ちで丁寧に閉じる。好きだ、その瞬間が。

 

 

何が言いたいかというと(今読んでいる本に影響されて)、言いたいことを言わないとだめなんだよ。人はいつ死ぬかわからないということ。もし失敗しても(失恋しようと)、それは笑い話にすればいい。自分の気持ちをちゃんと自分の言葉にして、いやそれでも言葉にするのが難しくても、それを伝える姿勢が大事だということ。それをしなかった後悔をこの本の主人公は私の代わりにしてくれた。

 

私は根っこが無口、だと思う。家庭環境のおかげでおしゃべりは好きだけど、だんまりしていることが楽だ。そして、怒りという感情はここ数年妹にしか発動していないくらい、どうも相手に向かって怒りというものは発動しない。怒りよりも悲しさ・さみしさの自分追い込みコンボが発生する、つらい。わかるんだ、主人公の気持ちが。どうしても自分を卑下してしまうのだよね。

でもね、喜怒哀楽どうであれ、ちゃんと言葉にしないと伝わらないこともあるのだなと。ていうか、言葉にしなきゃほとんど伝わっていないと思っていいのかもしれない。怒っている理由、悲しい理由はもちろん、うれしいとか好きとか、会いたいだとか、

 言わなくてもわかってるでしょ?が通用してはいけない。通用する世界に生きたいところだけど。

 

だから、なんにでも言葉にして相手に上手に伝えてこれなかった後悔をしてきたことを繰り返さぬよう、私はいまこの頭の中でぐるぐるしている何かを言葉にする必要があるみたい。恋愛においてもそう、家族に対してもそう、仕事に対してももちろん、そう。

 

でも、なにがぐるぐるしているかわからないの。

いままで言葉にしてこれなかったことがあだとなって、このぐるぐるを言葉にする力も、誰に伝えたいのかも、想像はできるけどはっきりと明確にはわからない。

感情を言葉にするのは難しい。動物はいいな、本能のままに。と思うでしょ。いいや、人間だって動物だし、言葉というものをもってして、行動以外でも思いを伝えられる手段があるのは恵まれていることだった。

 

うちのわんちゃんも、いつもなにかいいたげ(勝手にそういうまなざしに感じているだけかもしれないけど)な顔をして、なんなら言葉をぺらぺら喋っているようにしか感じなくて、私はやつのアフレコが大好きだ。犬の気持ちを代弁している場合ではないぞ。

 

結果、本を読んでいるくせに言葉を並べられない。思いをすべて小説の中が代弁してきてくれた結果が私だ。みんながみんな、本を読めるのであれば、「これ私の気持ち」と言って本を贈るのに。そんなことはできやしない、自分で伝える必要がありそうだ。

 

大人の言葉遊びと思って、きれいな単語を抽出してみることにしよう。

 

 

 

おわり

春の歌/万歳千唱

 

 

まだ寒いですけど、春の歌を聴くと心ウキウキしてくる。日も伸びてきたし、ちゃんと、春は近づいているはず…。

スピッツの春の歌、これ聞けば聞くほどいい歌だと思うんだよね。年を重ねれば重ねるほど味を感じるんだよね。

 

長いトンネルをくぐり抜けたとき

見慣れない色に包まれていった

実はまだ始まったとこだった

 

今年はここのフレーズめちゃくそしびれてる。


スピッツ / 春の歌

 

春になったらお花見と、動物園に行きたい。

眠そうにしている動物たちを見たい。

そして動物のあくびがうつるような休日を過ごしたい。

 

 

NHKの18祭、去年RAD WINPSがね、最高のパフォーマンスをしてくれました。その映像がYouTubeに上がりました。


【18祭】「万歳千唱」RADWIMPSと1000人の18歳、魂のステージ


【18祭】「正解」RADWIMPSと1000人の18歳、感動の歌声

 

NHKでやく90分のドキュメンタリーだったんだけど、それ見てるとこの映像はずーっと見てられる。泣けてきちゃう。

 

なぁどうすんだよ

おいどうすんだよ

 

ってところ、私も18歳の時に一緒に歌いたかった。

でも、まだ18歳を見守れるほど大人でもないし、私だっておいどうすんだよ!って思ってるから、代弁してもらってるような気持ち。むしろこんな魂込めて歌えないから、助かった。

 

大学生の時に短期留学の抽選申し込みを持って行ったときに聞いていた音楽がRADの「君と青と羊」だったもんだから、RADの音圧はいつだってしびれる。

 

さて、今週もはじまった。がんばるぞ!

インフル大量発生、みんな気を付けよう。

 

 

おわり

新年会クラス会同窓会2019

 

 

毎年恒例の、クラス会へ行ってきました。そうしたら飲んでたお店の下の階のお店に別の集団がいたので合流しました(その別集団にもクラス会にいてもおかしくない元クラスメイトの姿あり)。そうしたら、ただのプチ同窓会になりました。

小さな村だと思う。小さな中学校だったと思う。でも、だからこそなのかなとも思う。

 

相変わらずちいせぇな!と言われるけど、全然小さくない!小中学校の記憶とは恐ろしい。更新されないんだから。バスケやってたのにもう少し頑張れなかったの?と言われたけど、DNA的には頑張った方だとしか言えない、けど確かにもう少し頑張れたかもしれない。

 

眉毛変、って言われた。いやほんとふざけんな。こんなこと真正面から言ってくれることに感謝した方がいいの?え?そうなの?いつまでも困り眉してんなよって、素直に受け取るしかないじゃん。

 

リップ濃すぎる!って、ねぇねぇ、ほかの子にもいうの?私だから言うの?もう笑っちゃうよ!でも、どんな色が似合うかまで教えてくれて、ゆっかのアップデートをしようとしてくれてるんだよね。素直に受け止めよう。「彼氏にシャネルまではねだって大丈夫だから!」と、アフターケア的なアドバイスまで。おもしろいなぁ。

 

ただ住んでいるところが近くて、同じ年にうまれただけの寄せ集め同級生。自分たちの意思で選んだ高校・大学と違うから、いろんな人がいるけど、寄せ集めのわりにこの波長はすごいなって思う。

 

もういまは仕事もみんな違うし、学力だって交友関係だって違うけど、いざ地元に戻ってくるとそういうのがいっさい関係なくなるということが興味深い。

堂々と「かわいいかブスの二択だったら迷わずかわいいだろ!」と言い張れる自分が怖い。冗談であっても会社の飲み会でこんな発言はしないできない、そう、できない。二重人格なのか、会社で猫かぶってるのか、自分でもわからないけど、間違いなく自分が自分であって、自分でない自分がいる。その心地よさが、ちょっと癖になる。

 

たまたま東京の近くで、実家を出る必要がなくて、同じような人が多いから頻繁に、そしてこれだけの人数が集まれるけど、これから結婚したり転勤したりで確実に減っていくんだろうな。すでに、減ってきている。さみしいような、でも当たり前のことなんだと理解している思考と。妙に冷静なのが可愛げない。

 

ただ、私はあともう少しだけここにいる予定。いやたとえ結婚しても、クラス会は行っておいで、と送り出してくれる人で、明け方に帰ってくるような馬鹿な日を設けていたいなと思う。

 

 

「おい酔っ払い!」と言われても

「は、コーラしか飲んでないし」

というと、私を酔っ払いと言った酔っ払いが目を開く。

「ばけもんじゃん!」

そう、ノンアルコールであのテンションは、自分でも化け物だと思う。でも、アルコールに頼らずとも私は昔からこんな感じさ。思い出せ!

 

おわり