ハーフ顔の続編届きました
去年の夏くらいから、旅人コミュニティに片足を突っ込んで
思いの外旅人との出会いや関係性の構築を楽しんでいる今日この頃。
「はじめまして」はやっぱり緊張するし、避けられるものなら避けたい…ような気もするが、避けずに突き進むことの面白さは…大学生の頃に知ってしまった。
いつどこで、どんな出会いがあるかわからなくて、安易に一生ものなんて使うものじゃないけど、容易にこれからも続く付き合いを想像できる友達は大人になってからでも出来るものだったりする。のを最近感じているのは、なんか人生の節目くささをかんじる。今年27歳になる、そんな3月。今日はとってもポカポカ日和。
昨日、渋谷のとあるタイ料理屋で100カ国旅をした人とコーラを飲んでいた。
「ゆっかはハーフじゃないんだよね?」
会うたびに聞かれるけど「違いますよ〜w」と笑っていた。
相変わらず、はじめましての時、サロンとかで「ハーフですか?」と聞かれている。
「違いますよ〜」と言って会話終了することがいつも申し訳なくて、つまらねぇやつだなと自己嫌悪に陥り、話を広げられない会話のネタのひとつ。
しかし、100カ国を巡り、たくさんの人と出会ってきたその友は言った。
「ロシアっぽい…いや、カザフスタン、
カザフスタンっぽい!!!!!!!」
カザフwwwwスタンwwwwww
国名は聞き覚えがあるけど、そのばでGoogleMapをひらく。
細かすぎて伝わらない芸人のごとく、カザフスタン人と聞いて思い浮かぶ顔がある人はごく少数だと思う。
でも、なぜか、答えを示されたようで震えた。
鏡を見ても自分はやっぱり日本人で、特徴も特にないこの顔が
ハーフのようだとしても、さて、どこのお国かしらと。
「東京と山形のハーフです^^」というネタも使い古してもはや寒い。
かといって「フランスとのハーフです♡」とか言ってみてもいまいちだったから。
「じいちゃんが、カザフスタンで。その血が濃いめにでてます」
当分はこれを持ちネタにしようとおもうんだ。
ハーフっぽく見えた人には十分にドギマギさせられる気がする。ふふふっ。
これで、この会話のコミュニケーションの発生がとっても楽しみになった。
それでなにより、カザフスタンという国への興味。
きっと、いつか行くんだろうな。
ルーツここにある…!って感じられたら嬉しいし、
いやいやいや申し訳ねぇ!!!っていうくらい美人が溢れているかもしれない。
その時は、この100カ国まわった旅人の優しいフィルターをほめよう。
カザフwwスタンwww
気に入りました。
おわり
IT業界への未練かな?
いま、IT業界を離れた仕事をしている。
でも、友達に「うちくれば」と、バスケをしている土曜日の午前中、得点板をめくりながらさらりと声をかけてもらった。
いまの仕事は楽しい、でもグラリと揺れるものを感じて、それを認めることが嫌だとおもわなかったことにまた驚いた。
SEにはもうならない、そう思っていた。
たぶん、この気持ちはいまも変わらない。
でもIT業界に戻りたいというのはちょっぴりあったりする。
あんなに目まぐるしくかわっていく世界だぜ、めっちゃおもしろい。
だけど業界を離れるとそういう情報にも疎くなっていくのも嫌だし、たくさん覚えていたはずのコマンドとかを忘れていく恐怖もある。
ITが好きなのかときかれて「うん!大好き」というほどのヲタク感や愛もないし、仮に言ったとしたら格好つけだろ、って思うくらいには、やっぱり好きだとは思えない。
でも、離れがたいと思うくらいにはまだITに魅せられているものもあったり、わたしがいつか手に入れたいと思っている在宅ワークに一番近いのはITのスキルを身につけることなんじゃないかなぁと思っていて。
結局わたしはどんな仕事がしたいか、よりも働き方のほうがこだわりが強いのかもしれない。
・リモートワークができる
・時間にしばられる働き方をしたくない(やることやればいい、スタイルがいい)
・満員電車乗りたくない
・眠い
お給料のために働く、それでもいいとも思う。間違ってはいないし大切なことだと思う。でも、ちょっとだけ、ちょっとだけ味気のない日々を感じている。
「うちにおいでよ」と送ってもらったURLを見てみると、求人は全て英語だった。
腕まくりをして、まずは読んでみようと思う。
続けることが正義の時代じゃなくてよかった。
目の前の面白そうに手を伸ばして、時にいまの居場所を捨てることもためらわない。
そういえばはるか昔、英語を使う仕事がしたいとか言っていたなぁ。
すっかり忘れていた。ぜんぜん求人の内容頭にはいってこねぇよ(単語の意味がわからない)。
一生勉強とはよくいったもので。勉強サボっていたツケですわ。
そろそろ眠りから覚めて、学ぼうか。
おわり
なぜ2度言った!
先週のバスケのことである。
みなさんご存知の通り、わたしはそこそこに人見知りをかますタイプなので、バスケに新規メンバーがいてもどうもいまいち、上手に話せない。
ましてや、男性とはチームも別だから基本的に話せない(ドヤ)
チームにいる男性陣とは、飲み会とか合宿ですこーしずつ仲良くなって、普段のゲーム中でも喋れるようになる…という中学生みたいな距離の詰め方をしているのだけれど。
コロナの影響で小中学校の体育館から締め出された「コロ難民」が
土曜日、何人か流れ込んできた。
知らない顔いっぱい…と慣れた場所のはずがちょっぴりそわそわする場所と化していたのだけど「どんまい」と聞いたことのない声がかけられた。
「どうもぉ〜」なんて返事をしたのだけど、実は心臓バクバク。
ときめきと違うぞ、「えっ!?わたしに言ったの!?わたしが返事して間違ってなかった!?」という戸惑いぞ。
その彼をY氏と呼ぼう。Y氏が女性ゲームに人数足りずヘルプで入ってくれたのだけど、それが終わった後も「どんまい」と言ってきた。
そこで気づく。「シュートいれろヘタクソ!」のどんまいだ、これ…!
私はですね、ポジション的にはスラムダンクでいうと最近は宮城リョータであひるの空でいうと千秋や五十嵐のやっているポイントガードなのですが、本来はもう少し三井寿や車谷空のようなシューター要素を加えた感じなので、遠くからシュートを打ちたがりなんですね。
で、土曜日はロングシュートが入らないこと…!
そしてゲームが終わった直後の「どんまい」だ。
くっっっそぉぉぉぉ!
はじめの「どんまい」と違って「くぅぅぅぅぅ!」と悔しい顔をして素直にそのどんまいを受け入れなかった直後、Y氏はもう一度「どんまい」と笑顔をくれてしまった。
「とどめ・・・!なぜ2度言った!?」
「え、シュート入らなくてどんまいって(ニコッ)」
か、会話ができてしまった…!
↑免疫レベルの低さがうかがえる
悔しいからY氏のゲーム直後に「どんまい」って言ったら「俺は入った(ドヤ)」と。
ん!?私から話しかけた?いま!?
実は以前も、初対面で男の子と会話ができたことが事件化している。
私は決して男性恐怖症とかではないはずなのだけど、こうやって話せるとペカーッと世界が広がる気がする。
下心だとかそういう話の前に、もっとちゃんと、いろんな人と話したいなと思う。話しやすい君たちでいてくれてありがとう。
そして先週のバスケは、巨人に2回もジャンプ勝ちをした。
私がジャンプで競り勝つたびになぜか笑われる、そんなサイズ感の戦い。そして勝った時に一番驚いているのは自分。でもなぜ、私はそこで跳んでいたんだろうな。なぜ、勝つことを諦めてないんだろう。
何歳になろうと、負けず嫌いというのはとても厄介で、根強いものだと感じる。
そのジャンプをしてくれた脚は2日間も筋肉痛が続いた。筋繊維ブッチブチにしてまで跳ぶ理由は。ボールをただ追っかけるだけなのに、こんなに必死になる理由って本当になんなんだろうな。一生答えはでないと思うけど、冷静になるとおもしろい話だよね。
先週もバスケが楽しかったです!
おわり
アナログラジオ好きがラジオアプリを受け入れた日。
わたしのラジオ暦は結構長い。
小学校4年生か、5年生の頃のお誕生日プレゼントはラジカセをねだったという渋さが良いだろう。
ピンク色のドンッとして丸っとしたCDとカセットテープを入れられるラジカセを買ってもらった。
カセットテープはA面もB面も巧みに使いこなして、ラジオでいい!と思った音楽が流れてきたら即座に録音をして、あとから聞き直してネットで歌詞検索をするという小学生だった。
我ながら年寄りくさいというか現代こっというか、ハイブリットな小学生だ。
その中でも特に『今宵の月のように』は流れるたびに何度も録音してしまっていた(好きなくせに覚えられない曲だった)。わたしをつくる音楽はもうここらへんからすっかり影響を受けている。
ラジオの熱狂的ファンとかではないけど、家庭でラジオを聞く習慣があったわけでもないのに、わたしの中では当たり前にラジオを聞く習慣ができたのはきっと映画『Little DJ 小さな恋の物語』を見た時だと思う。
なんだかわからないけど、ラジオ聴いてる自分すこ!!!!!っていう酔いもあったかもしれない。
ちなみにゆっかは福田麻由子ちゃんが大好き。神木くんも好きだけど、神木くんは同い年なんだぜ!ていう謎の自慢につながってしまうから、お前何様だよ、と思われたくなくて控えている。
とそんな感じで高校生までは基本的に好きなラジオ番組の時間は勉強する=部屋にこもるというルーティンを作り上げ、毎晩ラジオを聴いていた。カセットテープでの録音は相変わらずだったけれど、ラジオのリクエストはすでにネットの時代だったから、よくリクエストを送ったりしていた。
(知っている限りでは)2回読んでもらったことがあって、1曲は広末涼子の『MajiでKoiする5秒前』、もう1曲は悩みとか相談を送ってDJに音楽をプレゼントしてもらうって感じだったんだけど、残念ながらカセットテープの録音ボタンを押したくなる音楽ではなかった。でも、マメにリクエスト送って、読まれるっていうのは嬉しいもの。ハガキ時代ならまだしも、ネットだと応募数すごそうじゃん。
ラジオのいいところは知らなかった音楽を知れることはもちろん、電話が繋がったり手紙が読まれたりする時にクスッと笑えてしまう他人事。どーでもよすぎておもしろいことも、告白をします応援してください!っていう普通顔がわからなければそんなに興味もわかないエピソードもこっちがドキドキしてしまう、同じ周波数に合わせた空間での一体感だとおもう。
と、そう、ここで周波数。やっと出てきた。
radikoというアプリをみなさんはご存知だろうか。
このアプリがリリースされる時は興奮したね。
ポータブルのラジオは持っていないから移動中に聴くことってなかったんだけど(ウォークマンでもラジオは聞けたけど電車とかはポンコツだった)「飲み会で今日のラジオ間に合わない!!!!」なんてときにスマホで聴けるとか最高じゃん!!!!と。
(この時はオールナイトニッポンの大倉くんと高橋優の番組が大好きだった。
ちなみにいまもやっているけど、最近はすっかり聴いていない)
あのね、でもやっぱりラジカセでアンテナ伸ばしてよく受診してくれる角度を探して、時間に合わせて周波数いじって、82.3だとおもっていたチャンネルは82.5だった、という家の電波の良し悪しや、そうやって偶然めぐりあったチャンネルとかのアナログ感がわたしのなかのラジオ好き、の一つだったのだと思う。
アプリでチャンネルが一覧となり、流れた音楽の購入URLが貼られた概要欄、聴いている音楽の周波数はもはや知らない。そして後で聴くなんていう機能もついてしまった。
リアルタイムで、聞き逃せないという危機感はどこへ行った!
今日リクエストを読まれるかもしれないのに!とか。
今日新曲が流れるかもしれないのに!とか。
時代の変化だった。きっとradikoのおかげでラジオを聴く人は増えたと思う。
でもわたしはラジオを離れてしまった。
後で聴けるからいまいいや・・・これが決定打だった。
後でしよう、の後では絶対来ないのは人間界の法則だ、よね。
ふむぅ・・・
でさ、今日「あ、仕事中のBGMにradiko使ってみようかな」と思い立った。
やべぇ、radikoはまりそう。最高だった。
オチがなさすぎる!!!!!
つまり、タイトルの通り。
周波数を探して聴くラジオが好きだったけれど、
アンテナを伸ばさなくても聴けるようになった現代。
ラジオがもたらす偶然の出会いという本質が変わらないラジオがやっぱり好きだ。
こんな夕方に斉藤和義の『歩いて帰ろう(1994)』なんか流してくれるなよ、最高かって!!!!
家を出る時に溢れる愚痴が、1年前と大違いな件について
先週の金曜日、朝。
「今日はきのこだから嫌だなぁ」
これが、私の仕事に対しての愚痴だった。
いま、レシピ本を作る仕事をしていて、その撮影の時は作られた料理を試食する。
そしてキャッチを考えたりするのだけれど、金曜日の撮影はきのこゾーンだった。
私は結構好き嫌いが多くて、特に野菜は苦手なものが多い。
ピーマンとか、トマトとか、きのこ類とか。
仕事は嫌なもの、という時代はもう終わった。
好きなことを仕事にすることが勝者みたいなところがある。
それでいえば私はまだ勝者とは言えない。
でもいまの仕事が楽しいとは思う。
前のSEとしての仕事も本当は好きだった。
少しずつ知識がついていくのもわかるし、プロジェクト内で扱っていた自分担当のアプリケーションは我が子だった。
でも、とっっにかく人がいやだった。
正面に座る仕事のできない男が嫌いで仕方がなくて、嫌い嫌いを続けていたら生理的に受け付けなくなっていくもんだから、それを週に5日、感情を無にすることで給料をもらうべく出社する、みたいな日々だった。
「あー今日も顔合わせるのいやだなぁ」の愚痴をこぼしながら家を出る日々。どれほど不穏な空気にしていたかと思うと。
それが今朝家を出る時は「きのこ嫌だなぁ」だ。
さすがに母が吹いていた。
転職してよかったことは、一瞬で精神衛生の掃除が終わったこと。
会社を辞めて2ヶ月後くらいに同期に会ったら「すごく元気になったね」と言われまくった。
結局仕事は人間関係なんだよ、と言われたら
「うん、その通りだよね…」と認めざるをえない。
好きな仕事をしていたはずなのだから。
きのこ料理10品、やっぱり苦手だぁぁぁぁとおもうものもいくつかあったけど、
「えっ!?これきのこなの!?うますぎ!」というきのこ革命の料理とも出会えた。
きのこ嫌だったけど、撮影現場は賑やかで楽しいし、30品近くの試食で満たされたわたしの金曜日は大満足で終えました。
まぁ、いまでも土日を目指して頑張っている間は否めないけれどね。
わたしのキャリアとは、曜日感覚がなくなるような日々に整えていくこと。
仕事を変えたり、住処を変えたり、いろいろしていきたいなと思う。
そんな今日をもう水曜日だ、と思えることが嬉しい。
まだ水曜日、それはとても辛い感覚だと思うから。
では。
織守きょうや『記憶屋』と今年の夏キックオフ
「彼氏できたか」
できたとおもってきいてくるわけでは無いだろうに
ご丁寧に会うたび毎度聞いてきてくれる友がいる。
まぁ、世間話といったらそれまでなのだけれど。
でもって会うたびに更新されてゆく彼氏のいない時間。
今回、「もう1年いないわー」といった時に
「あぁ、おったなぁ!ゆっかに似つかわねぇ男!」
別に、付き合っていた人の悪口なんてもう出てこないし(もともとストックも無いけど)
悪者に仕立て上げたいわけじゃ無いのだけども、
軽くよっぱらった彼女たちの口からただシンプルに私の味方って感じなのがとっても嬉しかった。
ふふっとなってしまうよなぁ。
わたしの価値なんてものは数字として測れるわけが無いんだけど、自分が思っているより価値が上がった感。
お似合いだねぇ、って言われたときそれはほーんとにいい恋してるんだな我、という判断基準になりそうだ。
1年という時間は恐ろしく残酷で、私の記憶力もたいがいくそだけど
名前が一瞬(3分くらい)本気で思い出せなかった。
というのも先日映画公開の前に急いで小説の『記憶屋』を読み終えたばかりゆえ。「忘れる」ということに対して過敏月間。
どんなに嫌なことも時間が経つと気がつけば乗り越えられていて、今の自分の糧になっている・・・と信じたいだけで、もし記憶を消してもらえるならば、人間どうなるんでしょうね。
読了後、映画の公式サイトで相関図をみたけど、ありゃ小説とは全く違うストーリーなんだろうな、と察した。
『記憶屋』のあらすじにある「切ないホラー小説」その通り過ぎておもしろかったよ。
そうそう、今年もこの人らと。
面白い夏が過ごせそう。
ちなみに2019年は富士山登った。ブログ書いてなかったの惜しいな。
記憶を頼りに、2019年6月〜のことも書きたい時書いちゃおう。
今年も、楽しい時間がまっていることが決まった。
ちょっとだけ、そこらへんにいる26歳女子よりは過酷でクレイジーな。
ヒネ・クレ子がInstagramをログアウトした話
このブログのURLを唯一貼っているのが我のInstagramのアカウントなのだけれど
実はそのアカウントはほとんど使っていない。基本的にログアウト状態だ。
「基本的に」ということは例外も多々あって、Instagramが嫌いなわけでもなければとても便利なものだという認識をしている。
それでもなぜ、Instagramをログアウトしたのか。
タイムラインに溢れる「結婚しました」投稿。
我26歳、友人はもちろん、先輩たちも結婚という人生ネクストステージに続々突入。
結婚しようと思える人と出会えたこと本当におめでとうと思う。そしてすげぇとも思う。
結婚しました、ってことは遡ること数時間、数日、数ヶ月、数年前にご両親への挨拶やらプロポーズやらお付き合いやらをこなしているのかと思うと、我の26年間の密度の薄さやべぇくねぇか、と思ったり思わなかったり。
たくさん、おめでとう!な投稿が溢れるタイムラインで
わたしのアカウント上結婚しましたの投稿がレアじゃなくなり
「海外旅行行ってきた!」「ライブ最高!」「ここのラーメンやっぱり最高」と変わらずいいねを押すだけでその人の結婚を知ってしまうというのがフッと嫌になった。
「おめでとう!お幸せに!」
「おめでとう!いつの間に!」
なんて逐一コメントしていたような時期が、あったような気もする。でも誰の投稿にコメントしたのかやっぱり覚えてない、この表面的なのもすごく嫌だと思った。
心からお祝いしたい気持ちと、コメント1行はとてもじゃ無いけど釣り合わない。
すごく久しぶり、むしろInstagramでコメントしたこと無いかもってくらいの子の報告にコメントもびびっちゃっていいねだけをするもなんだか薄情なやつになった気分で(被害妄想)、こうやって考えすぎるうちはInstagramログアウト、が我の最適解、なのだと信じている。
【けつろん】
結婚しました報告をInstagramから知りたくないお年頃
そして2019年末に、愛犬が死んでしまったのだけれど
我が家は小学生以降も、中高、大学、社会人になってからの友達も出入りするような家なので、わたしの友はイッヌの友でもあった。
「亡くなりました」って報告をわざわざするのもな・・・とおも思ったんだけれど、それよりも「可愛がってくれてありがとうございました」って言わなければならないな、というくらいみんなにめちゃくちゃ愛でられていたからInstagramにて報告をした。
そうしたら、特に伝えたいと思っていた人たちへ全然届いていなかったことをすぐにしった。LINEでも改めて連絡したら「まじぃ!?」と驚かれ、驚いた友達がわたしの投稿にいいねをしていたのかは知らないけれど、「ここのラーメン最高」っていう投稿とやっぱり差異なんてないわけですよ。
別に大々的にうちのイッヌの死を知ってほしいとかそういうのではない。でも「一緒に遊んでくれてありがとう」って伝えたいと思い浮かぶ人の顔があるのに、それをInstagramの1投稿に乗せるのは間違っていたな、と思う。
Instagramでわたしがしたその投稿がもつ意味は、『わたしはいま愛犬を失い悲しみのどん底にいます。よろしく』くらいの役割なんじゃないのかと思う。それにつくいいねが『りょうかい』の意味であるように。
そのいいねを押してくれた人たちのなかには、イッヌの冥福を祈ってくれたり、犬を失うつらさわかるよ、という同意であったり、写真かわいい、とかとか感情をもってくれていたひとたちもいるだろうし「見た」という印でしか無い場合ももちろんある。
そのとりようはわたしの心が安らぐ受け取り方をすればいいのだけれど、なんせアイアム ヒネ・クレ子だから。
Instagramにログインしなくなったところで友達が減るわけでは無いし、人づてに聞いた「XXが結婚したらしい」「父ちゃんになったらしい」っていう話は手元で画面をスクロールして1人でふーんと受動的に知るよりもリアクションができて、おめでとうを共有できるのも結構いいもんだったぜ。
当分の、Instagramをログインする機会は妹の生存確認。
忙しすぎたりすると(たぶん仕事だけじゃなくて遊びも忙しいとき)連絡があまり取れなくなるうちの末っ子が、渋谷の夜であろうと元気であることを確認するためのツールが、わたしのアカウントが存在し続ける理由。
悪く無いよ、Instagramデトックス